2010年12月21日

小池龍之介さん

先日、不動産コンサルティングをしているお客様と打ち合わせしている時・・・
お客様がおもむろにアイフォンを取り出し、相談されているトラブルを撮影し、私に動画として
見せて下さいました。

指で「サッ、サッ」と画面をなぞり、映像が次々にパッと出てくる。
映像は、鮮明で指一つで自由自在。
「ああ、こりゃ凄いな」と、顔は平静を保ちつつ、内心かなり驚きました。

遅すぎですね。(^^;)
でも、携帯機器に興味が無い私でも「欲しい〜!!」と思うほど、スマートフォンは画期的に見えました。

こんな凄い端末を子供が手にしたら、もう、どうにも止まらないでしょうね。

しかも、ネット上で様々な画像や動画・ゲームがとり放題と来たもんだ。(違法なものもね)

最近、子供は学校の宿題も自分で考えないそうです。
ネットで答えを探しだして、それをそのまま移し書いて提出する。(^^;)
考える必要がない。
昔みたいに、お姉ちゃんやお兄ちゃんに聞く必要もない。

手のひらに収まる端末で、指一つでなんでも得られる。
凄い世の中になったもんだ。

ついこの前まで、ポケベル「ピーピー」鳴らして、公衆電話に並んでいたのに・・・(TT)


日経新聞で、お寺の住職で東京大学出身の小池龍之介さんが面白いこと言っています。
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聞き手「スマートフォン人気に異論をお持ちだとか?」

デジタルツールを通して人と人がつながると言われますが、それは錯覚です。
ネット空間の情報の海の中で誰もが共通して強い関心を抱くものがあります。
それは「自分の所在」です。
自分が人からどう扱われているか、大事にしたいと思われているか、凄く気になるのです。
皆から認められたいというのは、誰もが抱く気持ちですが、自分あてのメッセージが生存に役立つ情報だと錯覚されています。
ネットで何か発信すると10秒で答えが返ってきたりします。
すると「あ、相手をしてもらえた、繋がっているんだな。」と感じます。その瞬間は気持ちがいい。
ここに大きなワナがあります。
うれしいと感じる脳内の作用に慣れが生じるからです。

返事を早くもらえないと不安になり、不信感や怒りに襲われます。
しかも次の反応が来ても前ほどは気持ちよくない。何か足りない感じがして、もっと早くもっと多くという循環に入り込みます。

情報端末から得られるのは、主に記号情報です。
会話する相手の顔や声ではなく、文字やアイコンだけです。
人間の脳は、記号からイメージをバーチャルに再構成する性質を持っています。言語は抽象度が高い伝達手段なので、受ける側としては情報を変形、加工しなければならない。
いくらでも連想ゲームに発展させることも出来ます。その作業を行うとき、私たちの心はとても疲れるのです。

聞き手「ネットへの依存が高まると、どうなりますか?」

バーチャルな情報処理量が増え、心の負担が高まり、心が現実とドンドンと離れて行きます。
それでもちっぽけな快感を得ていないと安心できなくなり、絶えず情報端末にアクセスするようになる。
一瞬の快楽をもたらす脳内物質のドーパミンは、生物の生存に役立っていますが、野放しにすると暴走します。

聞き手「とはいえ、情報ツールは買い物などに便利です。」

ネット空間で本当に売られているものは何だと思いますか?実は自分が商品になっているのです。
誰かに見てもらえる、誰かと繋がることが商品になっている。
つながりが欲しいという事は、裏を返せばみんな寂しいという事です。
寂しさが商売のネタになっていると言えるでしょう。
情報ツールと距離を置かないと、人は現実の身体感覚を忘れ言語だけであれこれ考える『脳内生活』となってしまいます。
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※日経新聞2010年12月20日朝刊「領空侵犯」より月読寺住職小池龍之介氏コラムより。


すごい。
私が思っている事と同じだ。(□゜;)

しかも、私の稚拙な思考と違い・・・
なんとも明確に解りやすくそして科学的に語ってらっしゃる。

今、ツイッターやミクシーで、自分に批判的な書き込みに触れ鬱になってしまう人が多いそうですね。
気晴らしで始めたつもりが、自分の日々の鬱憤や憂さを晴らす場と化して、いつの間にかネットを心の拠り所にしてしまう。
そこで、自分への否定的な意見に触れ、自分の心の拠り所を奪われた感覚に襲われる。
そして「自分は誰からも必要とされていない」と思いつめ人間不信にまでなってしまう。

書く方は、大して強く思っていない何気ない発言でも、文字にすると痛烈。
直接会って言われれば聞き流すような会話でも、相手の表情と発声がないだけで、受けての妄想は限りなく膨らみ自分をドンドンと追い詰めてしまう。

以前はPCというデカイ端末が無ければ触れられなかったツールだったので、夜書いて次の日の夜に反響を見るような緩やかなサイクルだったのが、今では四六時中と肌身離さずとなって・・・

う〜ん、これからの世の中どうなってしまうんだろうか。(^^;)


小池住職、私より4歳も歳が下なんですね。

凄いな。
一度、説法を聞きに行ってみたいな。

お寺は、世田谷にあるのかぁ〜。




posted by はるお at 10:36 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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